つ、爪……!?

歯と爪 (創元推理文庫 163-2)

歯と爪 (創元推理文庫 163-2)

この物語は二つの話が平行して語られる。
一つは、ニューヨーク地方刑事裁判所を舞台としたアイシャム・レディック殺害事件をめぐる検事フランク・キャノンとチャールズ・デンマンの法廷論争。もう一つは、奇術師リュウ・マウンテンが、ニューヨーク七番街の歩道のそばで運賃に一ドル足りず払えないために運転手と悶着を起こしているタリー・ショウという若い女をたまたま見かけ、それを代わりに払ってあげたことがきっかけとなり、その出会いから二人が交流を深めることになった話。

レディック殺害事件においては、一人一人の証人の発言について、キャノンが状況証拠を固めようとし、デンマンがそれを覆そうと反証してゆこうとする戦いが、いわゆる「法廷もの」の読み物としておもしろい。しかし、なかなか両者(特にデンマン)にとって決定打が出ない。しかし、そこには被告がなにやら明かそうとしていない秘密に原因があった。

一方、帽子箱とどんなに金具を詰めてもこんなに重くはならないだろうと思われる小さな手さげ鞄をもったタリーは、ここニューヨークに知っている友人・親類が誰もいなく、先のこともあてもなく単身やってきたらしい。というのもタリーは家族もなく、たった一人の血縁だった年老いた伯父は先週死に、フィラデルフィアからここに来たのだという。そこでかわいそうな彼女のため、リュウは自分が月ぎめで借りている自分のホテルの部屋を提供することを提案した。その後、リュウはタリーと親しくなるにつれ、彼女がもつ過去・なぜニューヨークまで単身来たのかという謎が徐々に明かされてくるのだが……。

二つの話が平行して語られてゆき、最終的にそれらがどう関係していたのかが判明するのだが、ちょうど先日読んだ村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」も二つの話が平行して進んでゆく物語だった。「世界〜」のほうは物語のある時点で二つの話の接点が一気に判明して、二つの話の主・従の関係が反転したのに対し、「歯と爪」は接点が徐々に判明してゆき、判明した後の二つの話の主・従の関係はその後も基本的には変わらない*1

トリックに関しては、わりとシンプルという印象。戸川安宣氏が書く解説の題名が「サスペンス小説の魔術師」であるから、犯行へ至るまでの過程、心情を読む楽しさが本書の醍醐味なのだろう。

中盤、上から落ちてきたあの方を直接描写しないで外堀を埋めるような書き方(あたかもデッサンで、石膏像の周りだけを描いて逆に石膏像が目に浮かび上るような手法)をして直視できない恐怖を演出したところはなかなか。そんな映像も、つい最近コレを見たので素直に脳内映像で再現できてしまった。

解説に「歯と爪(The Tooth and the Nail)」は「手段を尽くして」あるいは「必死になって」という熟語とかけて、とあって二重の意味がようやくわかった。でも、歯の記述はしっかりあったが爪の記述は最初*2とラストに少しだけあったのみのような気が……(指としての記述のほうが多い)。まあ、重箱の隅をつつくような話だけれど。

*1:ただし「世界〜」の方は、二つは完全に平行世界なのに対して、「歯と爪」は二つは厳密には平行世界ではないが ちょっとむりやり話題をつなげてみた

*2:指の爪にV字型の刻印をつけた、と