愛すべきくそジジイ

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

前半を読み進めている時は「あれ?」と思った。父親を見たことがなく、早くに母親を亡くした本書の主人公であるマーコ(M・S)。唯一の肉親であるビクター伯父が亡くなったショックにより何もできなくなって、伯父からもらった大量の本を読みふけってはそれを売り食いつないでいた。が、とうとうすべての本を売ってお金も尽き、家賃も払えずついにはアパートを追い出されて、あてもなく失踪同然に飛び出してしまった。ここまではいい。問題は、読んでいてまさかその後の展開に苦笑することになろうとは。

M・Sは自分がこれからどうしていいのか分からず、ニューヨークのセントラルパークにおいてまるでルンペンのように日々をすごしてゆく姿は「……え、失踪日記!?(by 吾妻ひでお)」だし、自分のダメ行動に無理やり正当性を見つけてみたりやっぱり自虐的に考察しなおしたりするところなんか「……え、ケンゾー!?(by グミチョコ)だったり、その後友人に助けられ、以前に一度知り合った魅惑の少女・キティになんだか知らないがものすごく好かれていてあっという間に深い仲になってしまうとこなど「……それ、なんてエロゲ!?(by アレ)」と思わず訊きたくなるところだった。

だがこれも、146Pから俄然話がおもしろくなってくるのだ。

いつまでもジンマー(助けてくれた友達)の家で世話になり続けるわけにはいかないと、M・Sは職を探そうと大学の学生課に行ってみることに。そこで「車椅子の高齢男性、住み込みの若い男性を求む。毎日の散歩、事務的な軽作業。週五十ドル、三食個室つき」という求人を見つけ、これはと思い応募、見事採用される。
しかしこの高齢者トマス・エフィングというのがなかなかの食わせ者。言っている事の何が真実で何がペテンか綯交ぜにした言動でM・Sを試そうとしたり、口がものすごく悪かったり、一緒に食事をするときも轟音と共にスープを吸い上げ唇をぴちゃぴちゃ鳴らしたり、しかし人を射抜くような目で(実際には盲目なのだが)M・Sを見据えたり、トマスの身の回りをお世話しているミセス・ヒュームとは互いを口汚く罵りあうような会話をかわしたり、その実それは互いを信頼し合っているという裏づけがあってのことだったり、という一筋縄ではいかないジイさんなのだ。

そう、ここからが本書の本当の始まりだった。それまでは助走のようなもの。
トマスが与えるいくつかの仕事を通して、M・Sとトマスの関係は徐々に強くなってゆき、そして物語はいくつもの変容を遂げ、そのまま読者をラストまで一気に引っ張ってゆく。


結末を読み終えたとき、「孤独の発明」で見たオースターはここでも健在なのだなと確認することができてよかった。