invisible power

うさぎドロップ (1) (FC (380))

うさぎドロップ (1) (FC (380))

でも仮にそう思う(原文 傍点部)ことがあったとしても 言葉にしてしまうのはわたしは やだな…
だれかが聞いていても聞いていなくてもね
言葉の力は強烈だから

祖父の葬儀でいきなり判明した祖父の隠し子・りん(6歳)。世間体・育てるための労力などの問題から親戚たちとの話し合いの中でたらい回しにされるリンの保護者の役目。祖父の孫である大吉(30歳・独身)が何気なく「母ちゃんさぁ家にいるわけだし しばらくあずかってやれねーの?」ともらした時、母親は猛反対。ヒマじゃない、子育ての大変さわかってるの!?、子供のためにずっと私は自分を犠牲にしてきたんだ.etc。たら回しにされているりんの現実に我慢できず、大吉はりんを預かることをいきおいで宣言。りんの身の回りのものの買出し、保育園探しに紛争し、忌引からようやく職場復帰もはたす大吉。だがあのときの母親の言葉が頭に片隅に残っていて、ある時先輩社員で仕事の出来る後藤さん(2歳の子持ち)に今後のことを相談してみたなか聞いてみた「あの―後藤さんはお子さんのことで自分が犠牲になってるって思ったことあります?」という質問に対して、少し困りながらも大吉の態度が真剣なのを見て答えたのが、上の台詞。

思ったことを口にするのは容易い。けれど一度口から出た言葉を消すことは不可能である。

二鳥真穂(以下 マホ)「ヒキョーがなんだーーー」
有賀誠(以下 マコト)「あ 居直った」
マホ「自分なんか 女のかっこして喜んでいるような………  あ」
マコト「ような なんですか」
マホ「いや ごめん なんか…ごめん…」

マコト「あなたは今ぼくの心に一生消えない傷を残そうとしたんだ 
ぼくは それはもう絶対 一生許さないでしょう
でも言いかけてやめた気づかいに免じて なかったことにしてあげます」
「さよなら…」

放浪息子(志村貴子・著) 第22話「日曜日はデート」より

言葉の持つ力を意識するかどうかは自己客観性・演出力だ。
自分が放つ言葉が他人が自分を規定する道具の一つとなることを知っている人間は、勢いに任せて感情を吐露したりしない。取り戻せない言葉を放ってしまうくらいなら、言葉を飲み込んで自分の内側で消化するほうがまだマシであることを知っているから。