ローリングストーンズでもなく、ロシアの二人娘でもなく……

刺青殺人事件 (ハルキ文庫)

刺青殺人事件 (ハルキ文庫)

「ふん」
博士は冷たく鼻で笑った。
「そんなことはあるまいね。精神分析学の立場からいえば、刺青は一種の慢性自殺だよ。潜在意識的に、何かの罪を自覚して、その自責の念を、自分の身を苦しめてまぎらわせるのさ。むかしからの殉教者や、犯罪者や、独身を通している人間などには、とくにこういう意識が強い。だから皮をはいで後世に伝えるという申し込みは、ほうんとうは彼らの内心の欲望を、満足させることになるんじゃないか」

モチーフのせいなのか、これの前に読んでいた本とのギャップからなのか、読んでいて「粋」を感じた。どこか普通のものと違った「背徳の美」である刺青、それゆえに殺人という狂気との相性はなかなかなもの。

ただ、気になったのは一つ。この作品では松下研三という若者の視点で話は進んでゆくのだが、事件も起こって物語り残り3割くらいになったところで、いきなり(何の脈絡もなく突然に)探偵役を努めることになる神津恭介が登場するのだ。どうもこの神津というのは天才肌らしく、それを(読者に)表現するために、話を1度聞いただけで真相を見抜くといった「一を知り十を知る」タイプの天才を演じてみせるのだ。探偵小説という括りが好きな人は、こういった演出は普通だと思うのだろうか。kiaoの場合は、その登場があまりに唐突すぎて、ちょっとびっくり。もうちょっと自然にならんものかな。しかも、この作品が著者のデビュー作というのだから、さらに驚き。だって、さも当然のように現れるんだから*1
そういった点を抜かせば、なかなか全体的にカッチリしていて、よく楽しめた作品だった。

*1:でも「黄色い部屋の謎」も、探偵同士を対決させて「ついに、夢の競演」みたいな演出をしていたっけ。これもルルーにとってはデビュー作なのに。