年の瀬は、無希望感をさらに増大させる

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

「まったく、貧乏くじもいいとこだ」シープスキンのジャケットを着た男は、吐き捨てるように言った。「わたしには、あのまま素通りすることだってできた。あの女性が凍死しようとどうしようと、知らん顔を決め込むことだってできたんだ」
「しかし、あなたにはできなかった。」とフロストは静かに言った。「そんなことのできる人間じゃないんですよ、あなたは。このおれとよく似ている。われわれみたいな人間は、正しいことをやって、その見返りに面倒を背負い込んででまうんです。ところで、煙草をお持ちじゃないかな?持ってたら、一本恵んでほしいんだが…」

フロストは疲れている。赴任したばかりで、彼のもとについたクライブみたいな若者とは違い、ギラギラとした野心など、もう、とっくに持ってはいない。枯れた魅力ともまた違う。ただただ、刑事としていきることしか、もう人生において残っていないだけだ。しかし、人よりも優れた捜査能力と、死のうとしても死ねずに逆に勲章をもらってしまうほどの悪運が、彼を支えている。そしてなにより、時には悪態ともとれるあけすけな態度が、上のものには煙たがられ、下のものには密かに信頼をおかれ、彼の人間性を語っている。

「(前略)この署の人間の半分は、昇進のことしか頭にない。出世のためなら、平気で他人を踏みつけにする。だが、ジャック・フロストはそうじゃない。彼は自分というものを知っている男だ。自分の実力以上のことをひけらかそうなんて気を起こさないし、他人の手柄を横取りするような真似も絶対しない――まあ、あんたもアレン警部のしたで働いてみれば、おれの言っている意味が身にしみてわかるよ」
(中略)
巡査部長は煙草の葉と薄紙を取り出して、手製の煙草を巻き始めた。「ジャックの困ったとこは、頭に浮かんだことを全部、口に出して言っちまうことだ。あんただって同じことを考えたろう?口に出して言わなかっただけで」

ここには、明快な推理はない。ただただ、足で稼いで、地味なほどの捜査の積み重ねが道を開く。事件が発生し、これといった手がかりがつかめずに時間だけが過ぎてゆく中で降る雪は、ロマンティックの欠片もない。うんざりするほど疲れを伴った雪は、捜査の悪化を予感させる(本書の中でも、かなり好きなシーンだ)。

TVで刑事ものがヒットすると、翌年の警察官試験の受験者が跳ね上がるという。そんな時には、彼らにまずフロストを読ませてあげるといいと思う。とは言うものの、欧米ではフロストのドラマがなかなか好評を得ているということらしいが。

本書が著者のデビュー作だが、脚本家としてのキャリアはけっこう積み重ねていてるらしい。だからなのか、派手な刺激はないものの、手堅く楽しめるといった印象。