舞城王太郎 単行本未収録作品(群像発表作品+α) その1

鼻クソご飯
テーマは「美は倫理によらず、道徳的であろうとそうでなかろうと、美しいものは美しい」か?『好き好き大好き超愛してる』にもあったね、そういうの。
題名といい、物語の導入部や主人公の行動原理といい、ちょっと嫌悪感を沸き立たせる(ように書いている)。単行本に収録しない理由がなんとなく分かった気がする(後に収録するのかもしれないけれど)。舞城にしてはめずらしくそんなにポジティブで終わらない結末。


パッキャラ魔道
言葉は"誰に"よって語られるかが重要なことである、ということは実はそうでもなくて、言葉というものはある程度"誰が"とは関係なく力を持っていて、その力(価値と言い換えてもいい)は発言者のその後によらないで保たれる、ということだったり。
もし言葉の力(正しさと言い換えてもいい)が発言者自身の性質・属性によって決まるとしたならば、その人が死ぬまで待って、そうしてからやっとその言葉の力を判断できる、ということになってしまう。
言葉は"誰か"から発せられるまで存在せず、その"誰か"によって初めて生みだされるのだが、生みだされた言葉は、まさに誕生したその瞬間からその"誰か"からある程度独立していたりする。


重たさ
結末にテーマが簡潔に記述されている。
短めの作品だが、読んでみて驚嘆したのは、その短さというのが物語の導入からテーマへ落とし込むための最短距離をとったがためということ。無駄なし。


イキルキス
上記の作品群に比べ、内包しているものが少し複雑に感じられた。その中の一つに「死」が挙げられるが、そこで語られることは『ソマリア・サッチ・ア・スイートハート』にも通ずるものがあるかも、とちょっと勝手に思ったり。

そう、恐怖じゃない。もうあんまり恐怖は感じていない。何かが怖いんじゃない。何かが嫌なのだ。
何が嫌なんだろう?

超要約すると「焦んなくてOKなんだ」とか。ちょっとちがうな……。


名探偵巴里谷超丸の二〇〇八年七月
ディスコ探偵水曜日』刊行記念の極小編。単なる小編だけれど、「時を経てなお作動する名探偵を捉える装置について」を書いた作品と言うこともできるかもしれない。それは「文脈」という名の……。