オースターは続くよどこまでも

幽霊たち (新潮文庫)

幽霊たち (新潮文庫)

私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向かいの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー……*1

これまでは事実はただ事実として認識し、そこにある以外の何かを考えることなんて考えたことのなかったブルーは、このいつまでも何も変わらない監視を続けてゆくうちに必然的に意識は己の内面に向かってゆき、考えるということを考え、自分の内面へ思考が及ぶと、そこは暗黒の世界であり未知の領域であったことを知る。世界は一つとして変わらないのに、己という意識は動態でありブルーを変えてゆく動体となってゆく。
それまでのブルーはアクティブな行動を望み、外部刺激を欲する人間だった。しかしブラックの監視に、ブルーを刺激するものは何もない。その変化のない日常から、ブラックが何を行動する人間かは完全にわかったけれど、どんな人間なのかがまったくわからない。まるで現実に存在する人間かどうかも怪しみたくなるほど、理解ができない。
ブルーは彼の内面に思いをはせ、自分自身をも見つめ、しだいにその境目が融解してゆくような思考に陥る。

これは奇妙な味を持った(広義の)ミステリーと呼んでも過言ではないだろう。もっといろんな言い方があるのかもしれないが、そういった意味でkiaoは楽しめた。謎は謎のまま放り投げて終わるのかと思ったら、一応答えも出しているし(なくてもよかった気がした)。文学かどうかなんてより立派なエンタメとして楽しんでもいいんじゃないかと思う。

122Pほどと短編の文量なので、さくっと読める。

俗に言う「ニューヨーク三部作」の一つらしく、でも厳密なつながりはなくて本書単体でも十分おもしろかった。「シティ・オブ・グラス」も読んでみたいのだが、柴田訳ではなくて多少評判がよくないのが少し引っかかる。そんなに気になるものなのかと、ちょっと逡巡。先に「鍵のかかった部屋」にしようかな……。

*1:ここまで、裏表紙にあるあらすじまんまです だって、これ以上何を説明すればいいのやら