意外に行動派なあなた

この物語の主人公、オーガスタス・S・F・Xヴァン・ドゥーゼン教授(通称「思考機械」)は哲学博士LL.D.王立学会会員F.R.S.、医学博士M.D.、そして歯科技師M.D.Sと、名前と肩書きでほとんどの文字を使ってしまう驚くべき人物で、kiaoが彼を初て見たのは、『世界短編傑作集』に収められている「十三号独房」だった。
絶対脱出不可能だと謳われていたその刑務所の独房の話を聴いた「思考機械」は、「不可能と言う言葉は、ぼくの前では口になさらないでください。神経に障りますから」と常日頃からの口癖を実証しようとあえて「自らを投獄してくれ、私はそこから脱出してみせよう」と言い放った。全く手段のないように思えたその独房から無事脱出してみせた「思考機械」の手際があまりにも秀逸だったので、この優れた頭脳の持ち主のことを忘れられないでいた。
そしてある日出会ったのが「思考機械の事件簿Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」だったのである。もちろん、3冊ともすぐに手に入れた。
完全な安楽椅子探偵(の正確な定義がよくわからないけれど)と思ったのだが、意外に友人である新聞記者ハッチンソン・ハッチと現場を観察に行っている。論理的思考により謎を解決することはするが、「思考機械」という名が表すようにそうとう捏ねくり回したロジック展開かと思いきや、わりと素直な探偵ぶり。それどころか証拠を捕らえるために、単身容疑者の住処へ飛び込んでゆくなど、危なっかしい行動もちらほら。インテリ臭があまりしない。
「二プラス二は四だよ、ハッチ君。それもときどきではなくて、いつ、いかなるときも、同じ結果をもたらす」
これが口癖の彼だが、もうちょっと知的な決め台詞を考えられなかったのかと、ね……。彼の科学者らしい側面が見えたのも、1巻最期の話「赤い糸」によってだったわけで*1

「十三号独房」のあまりの出来の良さからする*2と、(まだⅠのみだが)少々普通の探偵モノのきらいがあるかな、と。あのものすごい肩書きを支える「知性」をカケラでも見てみたいと思うと、少し肩透かしをくらうかもしれない。ただ、探偵小説として一定水準は保っているかという印象。
お気に入りは「水晶占い師」と「赤い糸」

*1:「謎の凶器」は強引な部分があるなと個人的には思った

*2:「独房」と「教授」というミスマッチ、そこに「脱獄」という組み合わせ具合が絶妙だったという点もありそうだが