一言要約「中学生日記+ギャング」

CITY OF GOD~THE TV SERIES~ [DVD]

CITY OF GOD~THE TV SERIES~ [DVD]

ここが、やつらとの世界との国境線だ。金持ち側と貧乏人側。これは金持ち側の国境警備隊(POLICE)。これが、俺たち側の国境警備隊(スラムのギャング)。金持ち側のボスは選挙で決まる。こっちのボスは、…自然に決まる(ギャングのボス)

スラムには警察は来ない。だからここでは、軍隊(ギャング)が一番えらい組織だ。逆らえば、殺される。

映画版がかなりおもしろかったので、TV版も見てみる。映像のスタイリッシュさがほとんど失われていなくて、なかなかおもしろい。一話完結型だから、話もコンパクトにまとまっている。この後も見てみないと分からないけれど、映画版が一人のギャングがボスにのし上がっていきその衰退までを、ギャングの外側にいる主人公側の視点で見ていたのに対して、TV版はギャングが存在する町で、主人公アセロラが少し危険な目に巻き込まれつつも過ごす「日常」という視点が強い気がする。つづきも見ようと思う。
なんでこんなにも「CITY OF GOD」の世界観が好きなのだろうか。作品中のナレーションの言うとおり「金持ち側の連中は、スラムの様子をTVで見て、自分たちの幸せを感じている」ためなのか?いやいや、それなら同ナレーションでの「それなら、なんで彼らはスラムにドラッグを買いに来るのだろう。彼らも、ドラッグやって自分らが幸せだと思い込みたいのかもしれない」というふうに、べつに何かをもって愉悦に浸ろうとするわけではない。
おそらくは、そこに見える「エネルギーの強さ」に惹かれているのだと思う。今まで生きてきた自分の身の回りの世界では味わったことのない「それ」を。まーだからといって、「モノだけはあふれかえって、魂が抜けきった我々のような先進国の人間には、彼らのような混沌と猥雑のなかでより燃え滾る力強さを見習わなくてはならない」なーんて能天気な啓蒙を起こす気などさらさらないけれど。だって嫌でしょ、昨日まで一緒にサッカーやっていた少年が、今日にはギャングの銃撃戦に巻き込まれて、腹に風穴開けて道端にぶっ倒れているような状況なんて。ただ、そこにある「エネルギーの強さ」に惹かれているだけなのである。エネルギーに良し悪しはない。あるのはその力強さだけ。