この世界中がWonderLandなOtherLand

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

祈りの海 (ハヤカワ文庫SF)

「ひとりっ子」でもそうだったように、本書「祈りの海」でも見られる世界観は、はるか未来の出来事でありながら、今私たちの住むこの世界とあまりにもかけ離れたもの、というわけではない。無論、はるか未来の出来事であるが故に、ハイテクノロジーの恩恵は見受けれれるが、それはある1アイテムに集約される(それは、話により当然異なり、また、物質的な「モノ」とは限らない)。その1アイテムに集約されることにより、我々が住む世界とそちらの世界での相違が明確化され、かつ、テーマがそこから発生(もしくは帰結)される。そして、はるか未来の出来事が、はるか未来のままに終わらず、それはダイレクトに我々が住むこの世界への認識へと(読み手には)フィードバックされる。そのはるか未来と我々の世界との(イーガンが生み出す)相互作用が、なんと心地の良いものか*1

優秀な作家が作品を根付かせる世界は、読者が既に知っている世界にそっくりに見えたとしても、実は微妙にすれたワンダーランドであって、そのずれた世界から汲み上げた事物を記述する時、はじめて、最初の回で申し上げたような、日常の使用域を超えた知覚への刺激が生まれるわけです。(…中略…)虚構は、どれほどリアルな場合でも、薄皮一枚違う世界から記述を汲み上げて来なければならないのです。

佐藤亜紀「小説のストラテジー」

こんな魅力的な短編を書けるイーガンは、すごい。完璧にハマリました。ちかいうちに、「しあわせの理由」も読むことになるでしょう。

*1:もちろんそれは、単なる技術や知識の薀蓄披露などではなくて、純粋に小説として、エンターテイメントとして、おもしろいのである。