ゆれずに、ぐらつかずに、すすみゆく

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

ここで面白いのは、この作品(引用者注:新海誠雲のむこう、約束の場所』のこと)では人の感情を動かすものが「いきなり」あらわれるということだろう。つまり、人の感情を動かすに足りる説得力のある設定や、厚みのある描写が積み重ねられることで、土壌が準備された上で、何か決定的な場面によって感情が動かされるわけではなく、(…中略…)つまり、感情が動かされるという出来事は、作品の質とも、設定の説得力とも、描写の厚みとも関係なく、ある「ツボ」をつかれることで(ただそれだけで)他から切り離されたかたちでわき上がるということなのだ。
「偽日記」07/04/04(水)

ここまで言葉にしにくいのもなかなかない。どんなに読み進めていっても、ひどく感情が高ぶったり、煽られたり、揺さぶられたりするようなことはほとんどなかった。非常に興奮した、というわけでもなく、さりとてつまらなかった、というわけでもない。ただ、たんたんと読み進めていった。でも、頁をめくる指はとまることはなかった。
清潔感のある役がとてもよく似合う俳優でも、思い立ったら泊まっていたホテルに娘を置いてカトマンズへ飛び立っていってしまう天才肌の女流写真家であっても、音もなく、静かに、少しずつ、何かを失い続ける。そしてそれは、ぼくも例外ではない。
いつか狂気に飲まれても、たとえ失った者の存在の重みを知るのが遅すぎても、滑稽にも踊り続けれなければならないのだ。くるくる、くるくる、踊って踊って。周りの皆が感心するくらい。