夢のあとさき

世に言う天才*1と呼ばれる人を見ると、だいたい共通して言えるのが「この人がもしそれをしていなかったら、いったいどういう人生を送っていたのか全く想像がつかない」くらいに、それとその人ががっちりと結びついてることだ。自分の進むべき道がはっきりしていて、生活のすべてがそれと結びつき、迷いがなく、驚くほど他を圧倒させ、そうあることが運命(さだめ)と自他共に認めるほどの邁進を続けてゆく。
私たちは大成した天才しか見たことない(大成したあと落ちぶれるのをみたことはあるのだろうけれど)。なぜなら、大成する前に消えてしまえば、世間は彼(彼女)を認知できないから。その存在すら知ることはない。
それをすることしか考えられないような天才が、それを取り上げられてしまったとすれば、これほど残酷なことはない。住居の大黒柱を伐採されたようなものだ*2。人間の背骨を引っこ抜かれたようなものだ。
そんな大事なものを失くしてしまったら、これから先、どうやって私を支えたらいいの?
そんな意味でこの10巻はとてつもなく、重い。光り輝き、羨望の眼差しを受けてその存在を知らしめている天才というものの、根底に落とされる形影。それを天才でない私にも、オブラートにも包まず、飲み込ませたのだった。舌にその苦味を残しながら。
そして今巻にもう一つ現れるのは、とても小さいけれど、ある萌芽を促すことになった光。常に大きな成長を内包させていた芽に寄り添うように植えられていた種子。その種子が芽吹くのも時間の問題ではあったが、その期待は、大樹への成長を予期されていた隣の芽ほどではなかった。その種子自体も、隣の目がいずれ大輪を咲かせることを当然のように思っていた。
だが、ある日突然その芽の茎は折れて、消えてしまう。
そして種子は目覚める。大輪を咲かせるはずだった芽がなくなった、それならば私が代りに花を咲かせなければと。
咲かせる花は違うかもしれないけれど、あなたが咲かせたかった、その「花」というものを。

*1:主に芸能に関して。スポーツも広義の芸能に入る

*2:いまどきの住居にそんなものはないけれど。もう風化してしまった言葉だね、これ。