狂人とは、道に迷って帰れなくなってしまう人間のことです

詩人と狂人たち (創元推理文庫 M チ 3-8)

詩人と狂人たち (創元推理文庫 M チ 3-8)

「わたくしのことを皆さん狂人だとお考えでしょう」と愉快そうに言う。「が、わたくしは狂人じゃなくて、狂人の気持が不思議とよく分るのです。狂人を扱うのなら、誰にも負けません、彼らの心の無軌道的な働きがわたくしにはなぜか察しがつくからです。これをやらかした犯人の気持ちがわたくしにはよくわかります(…以下略…)」

ここには数々の狂人たちが引き起こした事件が収録されている。そしてこれら狂人が引き起こした謎を解き明かすのは風景画家でもあり、詩人でもあるガブリエル・ゲイルだ。彼には論理を尽くした推理をもってことを成すのではない。ただ彼にはわかるのだ。その事件が不可解であり、常人には理解できないものであるほど、彼にとっては十分に理解することができるものとなる。

「どうしたらいいかは、あなたこそ知っているはずです」と詩人。――「あなたは善良で正義を重んじ、それに実際家ときている。ぼくは実際家じゃないのです」実際家でなくてすまなかったと言わんばかりの様子でゲイルは立ち上がった。「こういう事件を解き明かすには実際的でない人間が必要なのです」

なぜわかるのか?それは、彼が普通の人に比べ、彼ら狂人たちに最もちかい人間だからである。自分にちかい人間だからこそ、彼らの心がよくわかる、彼らが引き起こした謎の理由が理解できるのだ。

「犯行に当たって、わたしは綿密に計画をめぐらしました」ブラウン神父は続けた。「ああいったことがことが、まさにどのようにしておこるものなのか、どういう精神状態ならああしたことが実際にできるものなのかを考えぬきました。そしてわたしの心が犯人の心とまったく同じになったと確信できるようになったとき、むろん、犯人が誰だかわたしにはわかったのです」

G・K・チェスタトン「ブラウン神父の秘密」

詩人ガブリエル・ゲイルも、ブラウン神父も、徹底的な理を廻らせた冴えをもって事件の真相を見抜くのではない。その謎を引き起こした人間に同化することによって、その謎がなぜ彼には必然だったのかを理解する。二人に共通するのは、「同化しようとすること」。彼らは、それら謎を引き起こした人物(狂人)に同化できると思っている。「犯人」という生き物が「人間」を殺したわけではない。彼らは同化する。彼らも犯人たちも、同じ延長線上にある「人間」であると。


やはり、チェスタトンはすばらしい。