教養どころか、その前提としての秀なる才すらありませんがいかがでしょうか

グロテスクな教養 (ちくま新書(539))

グロテスクな教養 (ちくま新書(539))

Q.いわゆる「中沢事件」では、メディアで注目を浴びた研究者はアカデミズムでは冷遇されるという図式が示されています。先生の周囲では、そんなドラマティックなお話はありませんでしたか?


森博嗣「大学の話をしましょうか」より

この質問に対して森はそんな事件があったなんて知らなかった、周りではあったのかもしれなかったが、気づかなかったと答えている。これは単なる一例にすぎないのだが、ここに浮かび上がって来るのは文系と理系の業績(キャリア)形成の違い、さらに言えば文系における業績形成の独自性が垣間見える。このいわゆる『中沢事件』に対して高田は、「日本における出版社(ジャーナリズム)と大学教師の世界(アカデミズム)と教養主義との三つ巴の関係を浮かび上がらせ」ることにより、「近代日本の人文系学問(文学研究・哲学・思想など)の形態が当初からもっていた問題」によって引き起こされた必然性を説明してみせる。

ここに、日本の教養主義の二重構造が浮かび上がってくる。つまり、読まれる人の、出版を通した活躍なくては教養主義はありえなかったが、いっぽうで教養主義は、読むことに徹する受動的な人の存在と結びついている(中略)。
読まれる人を中心としてみれば、教養主義とは、出版ジャーナリズムを通して、本来アカデミズムに属していた文学や思想を自由に流通させることであり、その意味ではニューアカ教養主義の一変種であったと言われるのは、よく理解できるだろう。(中略)
そして、興味深いのは、このニューアカ的な、あるいは教養主義的な読まれる人の誕生とともに、反対に、広田先生のような*1、読むことに徹して書かない学者に対する賞賛が出てくることになったのだ。いや、現在でも、黒々として評価されることがある。

といった感じなのだが、これも本書を構成する部分の一つにすぎない。本書は「教養」そのものを語るのではなく、「教養をめぐる言説」を語ることによって、「教養」というものがこの日本でどんな位置づけをされてきたのか、誰のために、どんな目的で利用されてきたのかを提示している。


以上、書評風文章。

*1:引用者注:夏目漱石の小説「三四郎」にでてくる人物