グリフターズ -GRIFTERS-
- 作者: ジムトンプスン,Jim Thompson,黒丸尚
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2006/07/01
- メディア: 文庫
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「おや、ねえ、そんなふうに考えることはないんだよ」とリリイ、「借りは払ってくれたじゃないの――まるで流行遅れになったみたいに、あたしにお金をほうってさ。説明もしたし、詫びも言ったし――別に説明したり詫びたりすることは、なかったんじゃないの。あたしは莫迦だったよ。あの娘も莫迦だった――莫迦だから、お前を愛したり信用したり、お前の振る舞いや言葉を、いちばんいい方向に受け取ったり、言い換えりゃ、あたしたちが莫迦だったのさ。そして、莫迦を利用するのが、詐話師(グリフター)の仕事だものね」
(P.P.145-146)
アンビヴァレンス。
これはロイ・ディロンと彼の母親リリィ・ディロンとの、愛と憎しみを巡る物語です(って言い切っちゃってるのはどうなんだ!?)。
ロイ・ディロンは、グローヴナー=カールトンというホテルに居住しています。彼の表向きの顔はサーバー&ウェブ社の1店舗に勤務するセールスマンというものですが、それより以前から持ち続けている裏の顔は詐話師(グリフター)のものです。口先巧みに人を騙し、小銭を稼ぐ男がそれなのです。
ロイの愛人であるモイラ・ラングリトリ。ある詐話の失敗から腹にバットをくらい、ホテルの部屋で死にかけていたときに急に現れたリリイ・ディロン。リリイに頼まれ、ロイに付きっきりで世話をする看護師キャロル・ローバーグ。なんとか体調を回復させ、会社に復帰したとき、本社から現れロイのセールスの腕に目をつけるパーク・ギャクス。
彼が早くから一人で生きてゆくことを決意させた、幼き頃にとことん味わった(それは歳が14歳しかはなれていないからか、母と言うよりも姉としての関係にちかいようなものであった)リリイからの無関心・弱さ・寛大さ・自分自身の振るまい方。
詐話師でいるための単なる支えでしかなかったセールスマンという立場に、ギャクスの登場によってセールス・マネージャーへの昇進を勧められるという、思いもよらなかった真っ当な道への展望。しかしそれは同時に詐話師としての顔を捨てるということでもあり、その顔はもう既に彼の生き方に十分に喰らい込んでいて、それを捨てるということは、自分の生き方そのものを捨てるということになっていたのです。
ロイの運命に介入する女たち。彼がホテルで暮らした4年間、唯一彼の部屋へ行き来している女性であるモイラ。リリィを尊敬し、ロイに献身するキャロル。財務省の表には出ない仕事として、競馬場に出向いて"もしや"の出走馬や大穴への賭へ絡み、配当の流れに関与するという仕事をある組織から請け負っているリリイ。
本書は三人称を用いているため、主人公のロイから少し離れた視点を採って物語は記述されてゆきます。だからといってトンプソン作品が持つ狂気性が薄れるということはなく、逆にその距離感が乾いた悪意の演出に寄与していると言えるのかもしれません。
そして本書でも健在の、圧倒されるようなラスト。本書でのそれは、おそらくトンプソン自身も最後の最後までラストを考えていなかったのでは? と思わせるものです。そうでなければ、これほど暴力的な物語の収束は生まれてこないのではと考えずにはいられませんでした。
「あと、もうひとつだけ言っとくことがある。言っても役には立たないだろうけど、それでも言わないわけにはいかない。詐話(グリフト)はやめな、ロイ。今すぐ足を洗って、二度と踏みこむんじゃない」
「なぜだよ。自分こそ、なぜ足を洗わないんだい」
「なぜかって」リリイは相手を睨みすえ、「本気であたしに訊いてんのかい、なぜか(原文傍点部)って……。なぜかって言やね、この考えなし、足を洗いたいって素振りを見せただけで、殺されちまうからさ。あたしが十八のときから、こういうふうなんだ。こういう稼業から足を洗うことなんてできない――死体で運び出されるまでね」
(P.149)
ちなみに、本書の主人公がロイ・ディロンで、『死ぬほどいい女』の主人公がフランク・ディロンなのですが、ラスト・ネームが同じなのは何か意図があるのでしょうか? 物語としては関連性はないのですが……。