立ち上がれ悪党

ゲッタウェイ (角川文庫)

ゲッタウェイ (角川文庫)

 ドクほどいつも――というのがオーバーなら、たいていの場合、物静かで自信に満ちている男性はいない。何をどうすべきかはつねに心得ているし、たとえ心に亀裂が生じようとも、それを外面的な行為に反映させることはない。世はすべてこともなしといった顔で、快活丁重な態度を崩すことはないだろう。そういう男性の相手をするときには注意が肝心だ。本心を見抜くことはけっしてできないのだから。でも……
(P.231)

 
 日本が舞台だと、あまり様にならないものの一つが「逃亡もの」だと思います。
 
 ……だって、周りは海に囲まれていますから。どこに逃げるというのか(笑)
 その点、アメリカの悪者は、何かあった際にはすぐにメキシコに逃げようと。逃亡ものじゃないですが、『イージーライダー』の主役も、メキシコから仕入れた麻薬をロサンゼルスに運んで金を得るライダー達でしたね。メキシコもいい迷惑です。
 
 そんでもって本作『ゲッタウェイ』。「逃亡」というと、ハリソン・フォード主演のあの映画が思い出されますが、本作の主人公ドク・マッコイは無実の罪なんか着せられていません。本当に犯罪者です。
 
 ジム・トンプソンの描く悪者は、華があります。例え困難に陥っても、銀行強盗により得た大金を入れたトランクを妻のキャロルに預けたはずが詐欺師に奪い取られようとも、心臓を打ち抜き殺したはずの元相棒に命を狙われようとも、ドクは常に冷静さを失わず、事態を打開するための行動に即打って出るのです。
 
 銀行強盗の実行犯であり、ドクに殺されかけた元相棒のルディは、撃たれた傷を医者に見てもらおうとも警察に追われているので人目に付くわけにはいきません。そこで考えたのが、医者は医者でも人が来ることが少ない「獣医」に診てもらうという策に出るのですが、『イングロリアス・バスターズ』でもそんなことやってましたね。
 
 
 既訳のトンプソン作品もほとんど読んでしまいました。あとは『アフター・ダーク』だけなのですが、手元にあったはずなのにどこにいったのやら……。
 あと、ぜひ読みたいのが『Child Of Rage』です。しかし、未翻訳。さらに本国でも今やプレミア本扱いされているという。
 
 近々本国で新装版として出るらしいのですが、amazonで確認したらとんでもなく高いんですけど……。雑貨店(ダイムストア)の王者に失礼ですよ!!(笑) 紀伊国屋webでは1982年出版のものが古書として購入できるみたいですが、これほんとに注文したらくるのかしら。三川基好さんがご存命なら、いつか訳してくれたのではないかという希望があったのですが……。
 

 沈黙というものがあれほど喜ばしいものだとは夢にもおもっていなかった。好きなだけ沈黙していられるありがたさを、あれほどしみじみ感得したことはなかったのではないかとおもう。彼はドク・マッコイであり、ドク・マッコイとしてこの世に生を享けるということは、とてつもない男になることを意味していた。人の気をそらさない強烈な個性を持ち、誰からも熱烈に愛され、明朗で沈着な男になることを意味していた。あんな人好きのするやつにはあったことないと誰からも言われる男、それがドク・マッコイだったのである。その鋳造は生まれたときから彼に用意されてきた。そしてむろん彼自身、他人が好きだったし、他人から好かれることが好きだった。自身そういう努力を重ねたし、その努力もそれ相応に報われてきた。ところが――そう、彼は突然気づいたのだ。自身は知らぬまに、人の気を引こう引こうとして、不必要なまで気を使っていたことに。
(P.P.196-197)