『かわいい悪魔』の構造
- 作者: 志村貴子
- 出版社/メーカー: 太田出版
- 発売日: 2010/09/16
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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悪魔 (Devil n.) われわれ人間のあらゆる災いを創始した者、この世のあらゆる良きものを所有する者。彼を作り出したのは全能の神であるが、彼に生を授け、彼をこの世にもたらしたのは、おんなにほかならない。
ビアス・著 西川正身・編訳 『新編 悪魔の辞典』 P.26
掲載誌が休刊してしまったため、話が宙ぶらりんのままだった本作でした。
しかし、書き下ろしの最終話によって、見事に1つの形に収めた手腕は驚嘆です。しかもたった数ページで。
全体の構造としては、下記の通りになると思います。
『起』:第1話(主人公めぐむと魔女のぞみの出会い)
第2話(めぐむと家族が抱える問題の提示)
『承』:第3話(母みゆきの心境の変化)
第4話(父ひろみつの心境の変化)
『転』:第5話(母も実は昔魔女(見習い)だった)
『結』:第5話(のぞみも家族の一員に。おそらく、もう魔法も魔女だった記憶もない)
連載が続いていれば、『承』の部分でもっといろいろな展開を起こしていたのでしょう。例えば、同級生の女の子星野さんも実は魔女見習いで、めぐむを巡ってのぞみとのいざこざとか。
そうした過程を経て、この話の最終的な目標というのは、めぐむが魔法の力を使われなくても、自分自身の意志を周囲に表明し行動できるようになる力を獲得すること、それが描かれていくはずです。現に第4話では、父ひろみつが魔法の力ではなく彼自身の意志でめぐむに歩み寄ろうとし、その第1ステップを担っていました。
しかし描き下ろし分は、ページ数の問題もあってさすがにそこまでは描ききれません。ですので、お話としてもう1つ大事な要素「非日常から日常への回帰」を描いていました。
例えば『ハリウッドストーリーテリング』にもある通り、日常から非日常へ飛びこんだ主人公は、非日常で得た何かをもって、最終的に元の日常にあった問題を解決することになります(非日常に留まるという選択肢もありますが、今回のお話的にも日常へ回帰したほうが着地としては正しい気がします)。
で、通常で言えば「出会い」の対義である「別れ」で締めるのが当然と考えられます。が、そこは著者。それに一ひねり加えます。
それは、「出会い」があったことを「忘却」してしまうのです。「非日常」が「日常」へ融和される、とでも言いましょうか*1。
そして重要なことに、この「忘却」こそが当作品のテーマとなっているのです。
父ひろみつが学生のころ父親から叱責され、それを影として背負っていることについては前エントリで触れました。また、母みゆきも第3話で≪私たち……同じ過ちをくり返していただけなのね≫*2と、のぞみの魔法で過去を思い出すことにより、今自分たちが息子めぐむにしていることの愚かさに気付きます。
このテーマが判明したことによって、なぜのぞみが「物覚えが良い子が好き」なのかが自然と分かるようになっています。それは、近い将来、自分が魔女であったことを、自分自身も周りの人間も「忘却」してしまう運命にあるからです。
このときおそらく、のぞみ自身は魔女であることが忘却されることを知らないのだと思います。だから、「物覚えが良い子が好き」な理由を、彼女自身が理解しているそれよりも、一段高いレベルで(つまりはメタレベルで)知っているのは読者だけなのです。
この彼女のセリフを一段高いレベルまで押し上げたのは、第5話の存在です。それまでは、第2話を締める役割として軽い伏線になっていただけです(第1話・第2話は、合わせて1つの話みたいなものですし)。
で、第5話のために上記ののぞみのセリフを用意していたのかというと、kiaoはそう思っていません*3。第2話の締めをそのセリフで落とさせるところまでは最初から考えていたと思います。が、第5話のような話を描くことによって、逆にこのセリフが強化された(大きな伏線となった)という構造を持っているのです。
私が長年やってきて、伏線について一番いいと思うのは、わざわざ伏線など張ろうとしないことです。自分が今描いたことが伏線になるように次のシーン、その次のシーンを作ってしまえばいいのです。わざわざ伏線、伏線と気張っているとバレそうになったり不自然になったりしますから、自分が今「起」の場面で描いたこと、あるいは「承」の1コマで描いたことをひっくり返すように次のシーンを作っていき、いかにも伏線を張っていたかのように見せてしまうことが、私が実作のときにもっとも意識していることです。
山本おさむ『マンガの創り方』P.P.168-170
あと、本書全体を通じて共通する「涙」の話とか(話の「転」となる「涙」)、著者の「省略の技法」とか、いろいろ書きたいことはあるのですが……。とりあえず、こんなもんにしときますか。