これが、フィクサーってやつか

東京アンダーワールド (角川文庫)

東京アンダーワールド (角川文庫)

(引用者・注 ニコラ・ザペッティの犯罪ファイルについて、)警察関係者によれば、これだけ分厚いファイルを要したアメリカ人は、警視庁始まって以来だという。
ニコラ・ザペッティは、ほかにもさまざまな記録を残した。日本在住のアメリカ人で、彼ほど大金を儲け、失った人間はいない。また、彼ほど何度も日本人女性と結婚し、離婚したアメリカ人はいない。さらに、彼ほど多くの民事基礎に関わり、裁判所で長い年月を過ごしたアメリカ人はいない。
そしてなにより、「六本木の帝王」とよばれたガイジンは、ニックをおいてほかにいない。

阿部和重・著「シンセミア」では、物語の舞台である神町の成り立ちにおいて、敗戦直後より敵国だった軍人による介入を経て、あるものは蹂躙され、あるものは彼らを利用して町の影の支配者にのし上がってゆく様がとつとつと書かれ、登場人物の過去をぐっと掘り下げてみせていた。

本書においては、そういった復興・成長・それらの影に存在する力というものについて、日本で一番多くの金や血が流れていたと思われる場所、「六本木」を舞台としている。空襲により瓦礫の町と化した東京に上陸した、一介のGIでしかなかった、ニコラ・ザペッティは、東京のヤミ社会、日本の暗部と深く関わってゆき、闇のベンチャーで成功してゆく。ニックが六本木に経営していたレストラン「ニコラス」には、表・裏を問わずありとあらゆる人種が集まった……政治家、ヤクザ、プロレスラー、高級娼婦、諜報部員...etc。表・裏ない交ぜにせた戦後日本の変動を記述してゆくとともに、それらと広く関係を持ち、まじかで見続けてきた一人の男の波乱万丈な生涯がここには描かれている。

このアメリカ人は、なんという奇想天外な人生を歩んできたのだろう。しかもその幕開けは、はるかヤミ市の時代にまでさかのぼる。アメリカ兵の一人として、終戦後、真っ先に日本の土を踏んだ時からだ。ニック・ザペッティはある意味で、占領時代後の日本とアメリカの関係を、象徴する存在だったと言っていい。

これを現代社会の教科書と抱き合わせて学生に勉強させたら、おもしろくてぐいぐい成績が上がると思うんだけどなぁ(笑)。そのかわり、汚職に塗れた日本の政治・経済に辟易して立ち上がるか、なんておいしい商売なんだとその道を志すかはわからないけれど。
ものごとの本質なんてものは基本的には変わらないわけで、だから「表」と「裏」というものに対して違いはないのだったりする。あるものを正面に向けた(見えやすいものにした)ものが「表」であって、その「表」から角度的に見えにくいところにあるのが「裏」というわけだから、「表」がクリーンで「裏」が汚いなんて線引きなんてできるわけもない。磁石にS極があればN極が必ず存在するように、「表」が存在すれば、また「裏」も当然存在する。こうして当時は知られていなかったことが(それが絶対の真実だという保障はないが)こうして「表」に出てくる。さて、今我々が過ごしている時代・メディアで見知っている物事の「裏」が「表」にでてくるのは、いつのことになるのやら……。

本書のおかげで、ロッキード事件てどういうものだったのかが、やっとわかった。まあ、不勉強なだけだったんだけれど。