悪夢の残り火は、消えることなく燻ぶり続けていた

黄昏のベルリン (講談社文庫)

黄昏のベルリン (講談社文庫)

「そうでしょう?彼らをあの死骸の山から解放するには、もう一度死骸の山を我々の手で築いてやるしかないはずです。あなたにはわからないのですか、ソフィ・クレメールがあの時代の恐怖から逃れるためには死を選ぶしかなかったなかった意味が―――」

連城版国際謀略小説というと、若干誤解を招く恐れがあると思われる。舞台背景として第二次大戦時のドイツ、他の収容所と同様にユダヤ人が虐殺されていたガウアー収容所という設定がこの小説を支えるために用いられているが、基本はそれらがもたらした戦火の残り火のために運命を翻弄されることになる男たち(もしくは女たち)を描いたお話である。
「黄昏のベルリン」における連城氏の文体は、他の作品で見られる氏特有の憂いをおびた文体に比べ、硬質な(ドライな)ものに重きを置かれているのが特徴である。そのことによって、普段の感傷性を帯びた文体にでは書き連ねにくい「時代の大きな流れ」という大河的な歴史的記述を行うのに適した文章のタッチの変換が行われている、といってもいいだろう。そうは言っても、すくい上げた指の隙間から零れ落ちるように氏が持つ感傷的なタッチを垣間見ることが出来るので、従来どおりその文章の美しさに酔うこともできる。

意識的に陥られた文章という点は、映画のカットイン技法のようにいくつもの人物の視点が入れ替わるということも挙げられる。このため、物語は「青木」という日本人画家をメインとして一応進むが、彼は頭一つ分だけ抜きん出て主役なだけであり、その他幾人もの人物が入れ替わり立ち代り、またそれぞれ話を進めてゆく推進力を持っているので、彼は「主役群」の一人と言ってもいいだろう。これは「彼」の話であるとともに、「彼ら」の話でもあるのだ。そして彼らの「意思」は自発であると同時に「時代」にも要求されたものであり、その「時代」に翻弄される運命にもあるのだ。

今から二分のうちにハンスをどうするか決めよう、いや一分でいい、ハンスの将来など一分もあれば充分決定できる。家族も周囲の人間も知らずにいるが、彼女は意志の強さと決断の早さとではおそらくヨーロッパ中のどの女にも負けない。その決断力で、終戦の年、彼女はそれまでの過去をすべて抹消し、別の国の別の女に生まれ変わって今の幸福を築きあげたのだった。

ここに登場する女性たちは強い。氏の作品に出てくる女性の大部分は、暗めで、怨念にも似た情の深さを持ち合わせているのだが(笑)青木を突然訪ね、彼を魅了させてしまうエルザ・ロゼガーや元ガウアー収容所副所長「鉄釘のマルト」と呼ばれる所以の硬質の意思を持ったマルト・リビーなど、情を意思が上回って、後ろ向きでいるどころか、必要とあらばその過去をも切り捨ててきた者たちだ。狂乱の時代を生き残るというのは、その意思を持ち合わせているか否かということなのだろうか。

ミステリーではあるけれど、広義の意味でのミステリー。あとあまり大どんでん返しを期待しないように。
ちなみに初版刊行は1988年なので、ベルリンの壁の崩壊の2年前にあたる。でも物語のおもしろさはそういった時代性とは切り離して楽しめるものだろうし、そんな時代に生きた者たちの話なんだと楽しめればよい。
もしマンガにしたのならば、浦沢直樹がしっくりくるような気がした。