不肖の息子(志村貴子)

ジャンプ SQ. (スクエア) 2009年 08月号 [雑誌]

ジャンプ SQ. (スクエア) 2009年 08月号 [雑誌]


 
 「先生、ここは一つマンガ家を目指している主人公で一本描いて下さい」という感じで依頼されたのではないのでしょうか? たぶん。そしてそこに、「父親の再婚相手は、かつての憧れの先生だった」というモチーフを絡めた、と考えます。
 

 
 さすがページ数が多いだけあって、『中学生』よりも構成が練られています。
 
 
 ※以下、お話の最後まで内容に触れます。
 
 
 モチーフは決まりました。そしてこのモチーフならば、主人公の心情(状況)は下降線を辿るのが当然です。問題は、何をもって、この下降線を折り返させるか。その切っ掛け。「転」に何をもってくるかが重点となります。
 
 まず、オーソドックス(ベタ)に考えられるのが、お義母さん(先生)に思い切って自分の気持ちを伝えてしまう、というもの。P.415で正にその展開にもっていきます。が、そこは志村氏なので当然回避します。一回ここを読者に振って、ハズす、ということ込みで最初から物語を創っていることは、容易に想像できます。
 

 
 ここで感嘆したのは、一回元に戻しておき、返す刀でお義母さん(先生)からの妊娠告白。主人公(と読者)を油断させたところでさらに落とす!! この追い打ちのタイミングが非常にうまいですよね。鮮やかすぎます。
 

 
 主人公がさらに下り坂を転げ落ちるので、もう徹底的に落とします。それが、仕事終わりの居酒屋での「まんが 全然描けていないんです 」。恋も打ち砕かれ、その負の力が夢(目標)の方にも波及してしまいます。「でも 自信がない 」「本当は マンガなんか好きじゃないんじゃないかって
 
 さて、そろそろこの主人公を持ち直させるための「転」を与えなければなりません。そこで取り出したるは、大昔に描いた、先生をモデルにした初恋マンガ『ぼくの好きな先生』。これをお義母さん(先生)に見せるという展開をもって、状況の打破を主人公(と作者)は図ります。
 

 
 上記のマンガを読んだお義母さん(先生)は、素直に喜びます。そして主人公は、半分は諦め気味に、もう半分は自棄になって、先生を好きだったことを告白してしまいます。彼女はようやく気付いて、少し驚きます。ですが、それをもって関係が変わるようなことはもちろんありませんでした。やさしいお義母さんは、新しい家族が増えること、新しく家族になれること、その喜びを主人公の心に掛けさせます……。
 

 
 大変です!! 最後のカードを切ってしまったのに、主人公の下降線は上がってきません。ここは作者としても、頭をかかえた部分ではないかと考えます。しかしここで、意外なところから「転」が発生します。
 
 (アシスタント先の)先生から「いーから早く持ってこいよ おめーの初恋マンガ 」と要求されていた例のマンガを、主人公は持ってきます。「で やめんの?結局 」と先生から言われたとき*1、主人公の口から出たのは、意外にも彼の父親が彼に発した一言でした。
 
 
 「たぶん 次の子も おまえみたいにマンガが好きな子だよ
 

 
 
 なーんにもマンガのことなど分かっていなそうな父親が、実は一番主人公のことを理解してくれていた。そういうことだったのです。もしかしたら、父親にとってみれば、ほんの何気ない一言だったのかもしれません。しかしその一言は、主人公を見てくれている人が確かに存在することを、新しい子も主人公もひっくるめてみんな家族なんだということを、彼の心に響かせたのです。
 
 
 一件オーソドックスな筋の中にも、実は数回に渡る「転」の形跡が垣間見えた時、私はこの作品のおもしろさの構造を(多少なりとも)理解することができた、そう思うに至ったのでした。
 

*1:言葉だけだと少しキツい感じがしますが、実際の画面込みでは、ひょうひょうとした語り口になっています。